最終更新:2026年2月|読了目安:30分(閲覧注意)
現在、精神的に落ち込んでいる方、希死念慮がある方。
この作品は、あなたの傷口に塩を塗り込み、縫い合わせ、また切り裂くような劇薬です。
「ただの鬱漫画」だと思って近づくと、戻って来られなくなります。
それでも、地獄を見たい人だけスクロールしてください。
「神様、神様、チンクルホイ」
奇妙な呪文と共に現れる、落書きのようなヒヨコの姿をした主人公・プンプン。
一見すると、シュールなギャグ漫画に見えるかもしれない。
だが、その可愛い見た目は、読者を油断させ、逃げ場をなくすための罠だ。
浅野いにおによる『おやすみプンプン』。
これは、どこにでもいる平凡な少年が、ただ「運命の女の子」と結ばれることを夢見て、殺人者となり、廃人となり、そして「平凡な大人」として生き延びてしまうまでの、残酷なドキュメンタリーだ。
読み終えた後、俺は一週間、誰とも口を聞けなかった。
天井のシミを眺めながら、「生きるって何だ?」という答えの出ない問いに押し潰されそうになった。
今日は、そのトラウマを解剖する。
1. なぜ主人公は「落書き」なのか?
この作品の最大の発明は、主人公とその家族だけが「落書きのような鳥」として描かれている点だ。
周囲の背景や、他の登場人物たちは、写真のようにリアルに描き込まれているのに、だ。
これは単なる表現技法ではない。
「自己認識の希薄さ(解離)」を表している。
プンプンは、自分の顔を直視できない。
彼は成長するにつれて、鳥から「三角錐(ピラミッド)」へ、そして「異形の怪物」へと姿を変える。
それは彼の精神状態のバロメーターだ。
自分を人間だと思えない。周囲から浮いている。世界と接続できていない。
その「違和感」が、あのふざけたビジュアルに集約されている。
読者は最初、そのビジュアルを笑う。
だが、物語が進むにつれて、あの落書きの鳥が、誰よりも生々しい「人間の汚さ(性欲、嫉妬、暴力)」を見せつける。
そのギャップが、脳をバグらせるのだ。
「こんな落書きに感情移入してる俺は一体なんだ?」と。
2. 田中愛子という「呪い」
プンプンの人生を狂わせた元凶にして、この物語のヒロイン(でありラスボス)、田中愛子。
小学校の同級生で、プンプンの初恋の相手。
「ねぇプンプン、もし私たちが大人になって、どうしようもなくなったら……いっしょに殺し合いっこしよ?」
子供の頃に交わした、この無邪気で狂気じみた約束。
普通の漫画なら、「忘れられない思い出」として美化されるだろう。
だが、プンプンはこの言葉を「信仰」にしてしまった。
彼は大人になっても、他の女性と付き合っても、心の奥底で常に愛子ちゃんを探していた。
「いつか彼女が僕を連れ去ってくれる」
「この退屈な日常を破壊してくれる」
そして再会した時、地獄の蓋が開く。
彼らが選んだのは、幸福な結婚ではない。
「共依存による破滅(逃避行)」だ。
愛する人のために母親を殺し、片目を失い、ボロボロになりながら海を目指す二人。
その姿はあまりに痛々しく、そして吐き気がするほど美しい。
これは恋愛ではない。「互いの傷口を舐め合う儀式」だ。
3. 「普通」という名の暴力
『おやすみプンプン』が他の鬱漫画と違うのは、ファンタジーや戦争がないことだ。
描かれるのは、徹底的にリアルな「日本の閉塞感」だ。
- 機能不全家族と、無責任な父親。
- 夢を諦めて、適当な仕事で食いつなぐフリーター生活。
- 新興宗教(ペガサス合唱団)に救いを求める人々。
- 性欲処理のためだけのセックス。
プンプンを取り巻く環境は、どこにでもある「現代の風景」だ。
だからこそ、逃げ場がない。
「世界が滅びればいいのに」
誰もが一度は妄想するその願い。
だが、世界は滅びない。明日も明後日も、家賃の支払いと労働の日々が続く。
作中に登場するカルト教祖・ペガサスは、電波な言葉で宇宙の真理を語り、世界を救おうとする。
しかし、プンプンの物語とは一度も交わらずに自滅する。
「個人の絶望なんて、世界にとっては取るに足らないノイズ」だと言わんばかりに。
4. ラストシーン:最悪のハッピーエンド
最終回、プンプンはどうなったか?
死ねなかった。
愛子ちゃんだけが死に、プンプンは生き残ってしまった。
彼は記憶を失いかけながら、かつての仲間たちに囲まれ、穏やかな日常へと「回収」される。
一見、感動的なハッピーエンドに見える。
「よかったね、プンプン」と。
ふざけるな。
これはプンプンにとって、死ぬことよりも辛い罰だ。
彼は「愛子ちゃんとの特別な世界」で死にたかった。
なのに、神様(作者)は彼を許さなかった。
「過去を忘れて、薄汚れた大人として、のうのうと生きていけ」という呪いをかけたのだ。
ラストシーンで、新しい子供が彼を指差して手を振る。
また、新しいプンプン(地獄)が始まることを示唆して。
この無限ループに気づいた時、俺は本を閉じて震えた。
結論:おやすみ、プンプン。そしておはよう、絶望。
この漫画は、読む人の心の「免疫力」を試す。
幸せな人間が読めば、「変な漫画」で終わるだろう。
だが、心に穴が開いている人間が読めば、その穴をこじ開けられ、内臓を引きずり出される。
それでも俺は、この作品を愛さずにはいられない。
ここには、誰も言葉にできなかった「生きることの恥ずかしさと痛み」のすべてが描かれているからだ。
もしあなたが、今の人生に息苦しさを感じているなら。
「死にたい」ではなく「消えたい」と願ったことがあるなら。
プンプンに会いに行け。
彼は何も解決してくれないし、救ってもくれない。
ただ、隣で一緒に、無様に震えてくれる。

コメント